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SCAAのカッピング基準(2015/12/16改定版)について独断と偏見で解説しています。
材料編1では『コーヒー豆』の解説をしました。ここでは『水(お湯)』の話をします。
2 水(お湯)
1)清潔で臭気のないものを用い、蒸留や軟化処理(軟水処理)はしないこと
2)不純物総溶解度(TDS)は125〜175ppmが望ましく、以下の基準を超えてはならない
・100ppm以下
・250ppm以上
3)残留塩素は検出されないこと(0mg/L)
4)硬度は17〜85mg/Lの範囲内であること
5)湯の温度は約93℃(92.2〜94.4℃)にする
※水に関しては水道水の使用を前提に話を進めます。
※本稿は誤解が生じやすいので予め記載しておきますが、あくまでも『SCAAのカッピング基準に適するか』という視点で検討しています。適さないと結論づけた水が、飲用に適さないとかコーヒーをいれるのに適さないとか言っているのではありません。
1)
詳しく書くと前半は、『無色透明であること』、『清潔であること』、『新鮮であること』、『無臭であること』を求めています。最初の3つは通常なら問題ないはずですが、最後の1つは問題になるかもしれません。夏場はカビ臭くなったり、カルキ臭くなることがありますよね。結論を言えば、3)の残留塩素とも関係してくるので浄水器でろ過して下さい。
蒸留に関しては、飲料水を蒸留している方はいないと思うので特に触れません。ただ、最近は蒸留水と性質的に近似した水があるので一言触れておきます。聞いたことがある方も多いと思いますが『RO水』という水です。ウォーターサーバーの宅配水、スーパーなどに設置された機械での販売や頒布、あまり多くはありませんがボトル詰めしたものも一部販売されています。
RO水は逆浸透膜という超微細フィルターで水をろ過したもので、水だけをフィルターで通過させ水以外のすべての物質を取り除くことを目的としているので蒸留に性質が似ています。このため規定に明記されていませんが、蒸留水に準ずるものとして規定外になると考えます。
最後の軟化処理は水の硬度(硬度の話は4)を参照)に関係し、簡単にいうと硬水を軟水にかえる処理です。海外で水道水が硬水の地域では、家庭に軟水器が普通にあり、各家庭で軟水処理している場合もあるそうです。ただし、ほぼ全域が軟水の日本では使用している方はほとんどいないと思います。
国内のごく一部の例外として、福岡県飯塚市頴田、新潟県湯沢町、山口県美祢市、沖縄県名護市などでは水の硬度が高いため、浄水場で軟化処理を行った水を水道水として供給しているそうです。これら浄水場で行われている軟化処理は、簡単にいうと硬度が高くなる原因のカルシウムやマグネシウムを沈殿させて取り除くものです。
これに対し、一般的な家庭用の軟水器は水中のカルシウムイオンやマグネシウムイオンをナトリウムイオンに置換するものなので、確かに原因物質は取り除けますが、それに替わって別の物質を加える結果になります。このため、水中に溶け込んでいる物質のバランスを変化させてしまいます。
さて、本題に戻りますがSCAAはどのような意図で軟化処理を禁じたのでしょうか。正解はわかりませんがいつものように推測してみます。文章を見ると『蒸留』と『軟化』は並置されているので、この2つは同様の意図で禁じたと考えるのが自然です。
蒸留は水中に含まれる水以外の物質をすべて除去する操作なので、素直に考えると『自然な状態で通常の水に一定の割合で含まれている物質を取り除いてはならない』=『普通にある一般的な水を使え』という事だと思います。
浄水所での軟化も家庭用軟水器の軟化もどちらも軟化処理ですが、微妙に違いがあるような気もします。前者はカルシウム等を少なくしただけですが、後者は少なくしたカルシウム等の分だけ替りに塩を入れています(単純化して書いているので正確な説明ではありません)。どちらも『軟水』にする処理ですが浄水場の水が『普通の軟水』を目指したのに対して、家庭用軟水器の水は『普通とはちょっと成分バランスの違う軟水』になっているように感じます。
この辺は、あまり突っ込むと揉めそうな部分なので正直触れたくないんですが、あえて踏み込んだのは『水道水をそのまま使いたい』というスタンスのためです(簡便で一番安いから)。このため浄水所での軟化処理は認めても良いんじゃないかというバイアスがかかっています。
『軟化処理はしないこと』と書いてあるんだからどっちもダメと考えるのが自然なんでしょうが、個人的には浄水所の軟化処理は認めても良いんじゃないかという気もします。浄水所の軟化処理も駄目だとなれば、当該地域の水道水はどの浄水場から供給されているのか、その浄水場では軟化処理をしているのかを調べなければならなくなります。
『水道水をそのまま使いたい』立場からは、ハードルが高くなっちゃいますね。
2)
不純物総溶解度とは、水に溶けている物質の濃度を表す指標です(『総溶解固形分』ともいう)。不純物と言われると『邪魔になる無駄なもの』というイメージを持ってしまいますが、ここでいう不純物とは『水以外のすべての成分』でありミネラル分も含まれます。実際、ミネラル分の多い硬水では値が高くなり、超硬水で有名なコントレックスは1300ppm程度になるそうです。必ずしも『TDS値が高い=不純物が多い=水が汚れている』ということでは無いので注意が必要です。
FDA
(米国食品医薬品局)が水質を調べる方法として公式に認めていることから 、簡易な水質検査の方法として広く用いられています。測定器も安いものなら2000円以下で売っているので、"TDSメーター"で検索してみて下さい。
一般的な水道水は100〜150ppm程度だそうですが、100ppmを下回ることもあるようです。そうすると水道水はこの項目でアウトになる可能性がありますね。そうなったらミネラルウォーターを使うしかないと思いますが、どのミネラルウォーターが規定の範囲内かは買ってきて測らないとわかりません。
身も蓋もないですが、私なら見なかった事にして水道水を使います。
ところでTDSメーターを使った詐欺があるそうなので念のため書いておきます。
「水道局の方から来ました〜」とか言って家に上がり込み、
「水質検査をさせてもらってます」、「台所の蛇口からお水採らせてもらいますね」
コップに5cmくらい水を注いで、
「じゃあ、試薬を入れます(小さな容器に入った食塩水を数滴たらす)」
TDSメーターで測ると高い数値が表示される(塩を入れたからあたりまえ)
「うーん、基準だと一応200ppm以下になってるんですけど、だいぶ高いですね」
「お家が古くなると水道管が錆びたり、給水タンクが汚れたりして数値が高くなるんですよ」
「いやー、ちょっと数値高すぎるな―」、「心配ですねー」
とか言って、浄水器やウォーターサーバーなどを売りつけます。
皆さん気をつけましょう。
3)
日本の水道水は微生物などによる汚染を防ぐため、法律で遊離残留塩素を0.1mg/L(結合残留塩素の場合は0.4mg/L)以上含む事が決められています。このため水道水を使う場合には、塩素の除去機能を持った浄水器でろ過する必要がありますね。
もちろん、塩素を含まないボトル入りの水を使う選択肢もありますが、ボトル入りの水の中には硬度が高いものもあるので注意が必要です。
4)
硬度はミネラルウォーターには必ず書いてあるので、言葉だけは比較的だれでも知っていると思います。簡単に書くと、水に溶け込んでいるカルシウム(Ca)とマグネシウム(Mg)の量を表しています。
水は最強の触媒と言われており、程度(量)の差こそあれ水に溶けない物質はほぼありません。その中でCaとMgだけ特別扱いされるのは、水に溶け込んでいる物質の中で特に量が多く、水の性質に大きな影響を与えるためだと思われます。硬度が高いとやかんなどに水垢がつきやすい、石鹸の泡立ちが悪く洗浄力も落ちる、料理の際に出汁が出にくいなど、日常生活でわかりやすい影響が出ます。
硬水は出汁が出にくいと書きましたが、出汁だけでなくお茶やコーヒーの成分も抽出されにくくなります。逆に雑味やアクも出にくくなるので一長一短ですが、お茶やコーヒーの抽出には一般的に軟水が適していると言われています。SCAAが規定している硬度も、いわゆる軟水にあたるものです。
硬度を正確に測りたい場合は2〜3000円で試薬が売っているので、"水 硬度測定"などで検索してみて下さい。(私のように)お金を掛けたくない人には便利なサイトがあります。『
水道水質データベース』というサイトです。
上部右端にある『浄水(給水栓等) >> 上水道事業』 を開き、該当地域の最も新しい年度の『基準項目』を開いて下さい。各浄水場ごとの検査項目が一覧表示されるので『カルシウム、マグネシウム等(硬度)』の欄を見ると硬度が記載されています。東京都の
金町浄水場であれば、2頁目の左端、下から1/5くらいのところに81と書いています。金町浄水場が供給している水道水の硬度が81ppmだということがわかります。
日本のほとんどの地域はSCAA基準の範囲内だと思いますが、1割強の地域では硬度が高すぎるかもしれません。その場合はミネラルウォーターを使うのが正しい方法だとは思いますが、極端に基準をオーバーしていなければ見なかったことにして水道水を使うのもありだと思います。
5)
お湯を沸かすときは温度計で測りましょう。温度は約93℃と規定されていますが、よく見てみるとSCAAのサイト内で3つの記載があります。
・"Cupping Protocols" 約200°F(93.0℃)
・"Cupping Standards" 200°F±2°F(92.2〜94.4℃)
・"Brewing Best Practices" 200°F±5°F(93.0℃±3℃)
本稿の記述は"Cupping Protocols"を基本として、"Cupping Standards"も参照しているので、
"Protocols"の『約』の幅は"Standards"に書かれている『華氏で±2度』の幅と判断しました。
さて、長々とたわ言を述べてきましたが、最後にとても素敵な本を紹介します。SCAAの水に関する公式ガイドブック、"The Water Quality Handbook"という本が35ドルで
売っているので、お金のあまっている人やマニアの人はどうぞ。英語が好きな人にもお薦めです。あと、水が好きな人や、SCAAが好きな人にも。ついでに、本が好きな人にもお薦めします。
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